詐欺という言葉に敏感な日本人

私が現在、まともに管理しているブログは3つ。


最盛期を思えば、かなり減らしたのだが、
まぁ、その他、顧客のブログも管理していると言えば、
管理している部類だとすれば、両手ほど。


ブログの訪問者というのは、Ping送信先から来たり、
お気に入りから再訪問しれくれたり、Twitterから来てくれたり、
相互リンク先から来てくれたり・・・と、様々なんですが、
記事をたくさん書いて行くと、検索という訪問者も増えて行くわけです。


そんな中で、私が気になるのは、「◎◎◎+詐欺」というキーワード。


これ、一体、なんなんでしょうかねぇ。

多分、こういったキーワードで来る人は、若い方が多いと思います。


こういった検索をするのは、
最近は、情報商材の評判を聞くための方が多いと感じます。

でも、詐欺という言葉、極めて、曖昧な言葉だと思いませんか?

確かに、高額な商品であればあるほど、内容が気になるのは分かります。

でも、
自分を信じないで、誰が書いたかも分からない記事を鵜呑みにする---ことの危険性。


ここら辺を、若い人たちには、しっかりと肝に銘じて欲しいのです。

まぁ、大きな詐欺事件というのは、世の中にはたくさんあります。
また、詐欺というのは、儲けの割りに、刑罰が軽いから・・・なんて言葉もあります。


利殖詐欺や投資詐欺では、お金をたんまり溜め込んだ老人たちから、
詐欺師は、言葉巧みに、まぁ、それこそ、目が眩むような大金をせしめます。


騙された人間が悪い---。


これは、ちょっと言い過ぎな気もしますが、


騙された人間も悪い---。


・・・と、なると、多くの方が、「まっ、それもそうだな」となることも頷けます。

特に、投資系などは、オレオレ詐欺同様に、

「えっ?!まだ、こんな話に乗る人が居るの!!」と、

ニュースを観ていても、半分、呆れそうになります。


また、詐欺とは少し違いますが、

新興宗教絡みの裁判とかも、はっきり言って、笑ってしまいます。


「私の青春を返せ!」


・・・とか、被害者(と思っている)は言いますが、


あなたには、自分が無かったのか!?


ということを問いたい。

一度は信じて、修行?をしていたにも関わらず、
後から、弁護士に唆されて、今まで信じていた教祖様を訴えるわけです。


ちょいちょい!と。


あんたの言い分は、別れた彼氏(彼女)へ、
(付き合っている間)本当は楽しく無かったんだから、
時間を返せ!と言うのと同じではありませんか?

もちろん、同情に値するような、
人間の弱みに付け込んで入信させられた例もあると思います。


でも、入るのを決めたのって、あなたじゃないんですか?


そもそも、あなたの中身が無いから、
外身を形成してくれるであろう、その宗教に入信したのではないですか?


・・・とかね、色々と思っちゃうんですよ。


子ども頃の質問には、親も先生も、親身になって答えてくれたと思います。

しかし、大人になってから、どうして?どうして?と聞いて、
同僚や上司が全てを親身になって話してくれるか・・・と、
まして、赤の他人が、質問に全て答えてくれるか?と。


そんなに、甘いもんじゃないですよ、はっきり言って。


詐欺だ!と声を荒げれば、どんなものでも、詐欺になっちゃうんです。

クレーマーにかかれば、どんなものも詐欺になりますよ、ホント。


だから、あえて、言いますが、騙されるのも、勉強なんですわ。


だけど、その勉強を活かす(自分のモノにする)ためには、

それを選択したという自己責任は、常に持ち合わせていなければならない。


誰が選んだんだ?俺だ・・・。


この事実を消化しない限り、何も、そこから勉強することが無い。


変わる気持ちが無ければ、変われませんよ。


もし、自分の人生を誰かのせいにして生きることで費やすのなら、
あなたも、あなたの周りの人も必ず、不幸になる。


結局、いつまでもつまらない人生を送る羽目になる。


そういうことなんです。


ですから、いきなり全てを受け入れるのは、難しい方も居られると思いますから、

せめて、こんなことを言っていた人間が居たなぁ・・・と思ってください。


まぁ、人間っつのは、
変わろうと思った時に、既に変わっているもんなんですけどね。


全て、自分の責任だから・・・

世の中のことも、自分のことも、許せるようになる・・・のも事実なんですけどね。


ちょっと、横道に逸れてしまいましたが、
まぁ、こんな人間も生きているのが、この世の中でございます。


それすら、受け入れられないのは、窮屈過ぎますからなぁ。



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